句歌全集

万葉集巻二

0200085
君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ
0200086
かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを
0200087
ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに
0200088
秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ
0200089
居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも
0200090
君が行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ
0200091
妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを]
0200092
秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ御思ひよりは
0200093
玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも
0200094
玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ [玉くしげ三室戸山の]
0200095
我れはもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり
0200096
み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも [禅師]
0200097
み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひさるわざを知ると言はなくに [郎女]
0200098
梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも [郎女]
0200099
梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く [禅師]
0200100
東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも [禅師]
0200101
玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに
0200102
玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我れ恋ひ思ふを
0200103
我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後
0200104
我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ
0200105
我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし
0200106
ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ
0200107
あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに
0200108
我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを
0200109
大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し
0200110
大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや
0200111
いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く
0200112
いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと
0200113
み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく
0200114
秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも
0200115
後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背
0200116
人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る
0200117
ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり
0200118
嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が髪結ひの漬ちてぬれけれ
0200119
吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも
0200120
我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを
0200121
夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな
0200122
大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に
0200123
たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか [三方沙弥]
0200124
人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも [娘子]
0200125
橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥]
0200126
風流士と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士
0200127
風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある
0200128
我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし
0200129
古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと [恋をだに忍びかねてむ手童のごと]
0200130
丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね
0200131
石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと [一云 礒なしと] 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は [一云 礒は] なくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を [一云 はしきよし 妹が手本を] 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山
0200132
石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
0200133
笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば
0200134
石見なる高角山の木の間ゆも我が袖振るを妹見けむかも
0200135
つのさはふ 石見の海の 言さへく 唐の崎なる 海石にぞ 深海松生ふる 荒礒にぞ 玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は 幾だもあらず 延ふ蔦の 別れし来れば 肝向ふ 心を痛み 思ひつつ かへり見すれど 大船の 渡の山の 黄葉の 散りの乱ひに 妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の [一云 室上山] 山の 雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠らひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ 大夫と 思へる我れも 敷栲の 衣の袖は 通りて濡れぬ
0200136
青駒が足掻きを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来にける [一云 あたりは隠り来にける]
0200137
秋山に落つる黄葉しましくはな散り乱ひそ妹があたり見む [一云 散りな乱ひそ]
0200138
石見の海 津の浦をなみ 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 明け来れば 波こそ来寄れ 夕されば 風こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 靡き我が寝し 敷栲の 妹が手本を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里離り来ぬ いや高に 山も越え来ぬ はしきやし 我が妻の子が 夏草の 思ひ萎えて 嘆くらむ 角の里見む 靡けこの山
0200139
石見の海打歌の山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
0200140
な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひずあらむ
0200141
磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む
0200142
家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
0200143
磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも
0200144
磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ[未詳]
0200145
鳥翔成あり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ
0200146
後見むと君が結べる磐代の小松がうれをまたも見むかも
0200147
天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり
0200148
青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも
0200149
人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも
0200150
うつせみし 神に堪へねば 離れ居て 朝嘆く君 放り居て 我が恋ふる君 玉ならば 手に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく 我が恋ふる 君ぞ昨夜の夜 夢に見えつる
0200151
かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを [額田王]
0200152
やすみしし我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎 [舎人吉年]
0200153
鯨魚取り 近江の海を 沖放けて 漕ぎ来る船 辺付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂 いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥立つ
0200154
楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに
0200155
やすみしし 我ご大君の 畏きや 御陵仕ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつありてや ももしきの 大宮人は 行き別れなむ
0200156
みもろの神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き
0200157
三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき
0200158
山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
0200159
やすみしし 我が大君の 夕されば 見したまふらし 明け来れば 問ひたまふらし 神岳の 山の黄葉を 今日もかも 問ひたまはまし 明日もかも 見したまはまし その山を 振り放け見つつ 夕されば あやに悲しみ 明け来れば うらさび暮らし 荒栲の 衣の袖は 干る時もなし
0200160
燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずやも智男雲
0200161
北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて
0200162
明日香の 清御原の宮に 天の下 知らしめしし やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 いかさまに 思ほしめせか 神風の 伊勢の国は 沖つ藻も 靡みたる波に 潮気のみ 香れる国に 味凝り あやにともしき 高照らす 日の御子
0200163
神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに
0200164
見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに
0200165
うつそみの人にある我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む
0200166
磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに
0200167
天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万 千万神の 神集ひ 集ひいまして 神分り 分りし時に 天照らす 日女の命 [一云 さしのぼる 日女の命] 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の国を 天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別きて [一云 天雲の八重雲別きて] 神下し いませまつりし 高照らす 日の御子は 飛ぶ鳥の 清御原の宮に 神ながら 太敷きまして すめろきの 敷きます国と 天の原 岩戸を開き 神上り 上りいましぬ [一云 神登り いましにしかば] 我が大君 皇子の命の 天の下 知らしめしせば 春花の 貴くあらむと 望月の 満しけむと 天の下 食す国 四方の人の 大船の 思ひ頼みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか つれもなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし みあらかを 高知りまして 朝言に 御言問はさぬ 日月の 数多くなりぬれ そこ故に 皇子の宮人 ゆくへ知らずも [一云 さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす]
0200168
ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも
0200169
あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも
0200170
嶋の宮まがりの池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず
0200171
高照らす我が日の御子の万代に国知らさまし嶋の宮はも
0200172
嶋の宮上の池なる放ち鳥荒びな行きそ君座さずとも
0200173
高照らす我が日の御子のいましせば島の御門は荒れずあらましを
0200174
外に見し真弓の岡も君座せば常つ御門と侍宿するかも
0200175
夢にだに見ずありしものをおほほしく宮出もするかさ桧の隈廻を
0200176
天地とともに終へむと思ひつつ仕へまつりし心違ひぬ
0200177
朝日照る佐田の岡辺に群れ居つつ我が泣く涙やむ時もなし
0200178
み立たしの島を見る時にはたづみ流るる涙止めぞかねつる
0200179
橘の嶋の宮には飽かぬかも佐田の岡辺に侍宿しに行く
0200180
み立たしの島をも家と棲む鳥も荒びな行きそ年かはるまで
0200181
み立たしの島の荒礒を今見れば生ひざりし草生ひにけるかも
0200182
鳥座立て飼ひし雁の子巣立ちなば真弓の岡に飛び帰り来ね
0200183
我が御門千代とことばに栄えむと思ひてありし我れし悲しも
0200184
東のたぎの御門に侍へど昨日も今日も召す言もなし
0200185
水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも
0200186
一日には千たび参りし東の大き御門を入りかてぬかも
0200187
つれもなき佐田の岡辺に帰り居ば島の御階に誰れか住まはむ
0200188
朝ぐもり日の入り行けばみ立たしの島に下り居て嘆きつるかも
0200189
朝日照る嶋の御門におほほしく人音もせねばまうら悲しも
0200190
真木柱太き心はありしかどこの我が心鎮めかねつも
0200191
けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
0200192
朝日照る佐田の岡辺に泣く鳥の夜哭きかへらふこの年ころを
0200193
畑子らが夜昼といはず行く道を我れはことごと宮道にぞする
0200194
飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 生ふる玉藻は 下つ瀬に 流れ触らばふ 玉藻なす か寄りかく寄り 靡かひし 嬬の命の たたなづく 柔肌すらを 剣太刀 身に添へ寝ねば ぬばたまの 夜床も荒るらむ [一云 荒れなむ] そこ故に 慰めかねて けだしくも 逢ふやと思ひて [一云 君も逢ふやと] 玉垂の 越智の大野の 朝露に 玉藻はひづち 夕霧に 衣は濡れて 草枕 旅寝かもする 逢はぬ君故
0200195
敷栲の袖交へし君玉垂の越智野過ぎ行くまたも逢はめやも [一云 越智野に過ぎぬ]
0200196
飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 石橋渡し [一云 石なみ] 下つ瀬に 打橋渡す 石橋に [一云 石なみに] 生ひ靡ける 玉藻もぞ 絶ゆれば生ふる 打橋に 生ひををれる 川藻もぞ 枯るれば生ゆる なにしかも 我が大君の 立たせば 玉藻のもころ 臥やせば 川藻のごとく 靡かひし 宜しき君が 朝宮を 忘れたまふや 夕宮を 背きたまふや うつそみと 思ひし時に 春へは 花折りかざし 秋立てば 黄葉かざし 敷栲の 袖たづさはり 鏡なす 見れども飽かず 望月の いやめづらしみ 思ほしし 君と時々 出でまして 遊びたまひし 御食向ふ 城上の宮を 常宮と 定めたまひて あぢさはふ 目言も絶えぬ しかれかも [一云 そこをしも] あやに悲しみ ぬえ鳥の 片恋づま [一云 しつつ] 朝鳥の [一云 朝霧の] 通はす君が 夏草の 思ひ萎えて 夕星の か行きかく行き 大船の たゆたふ見れば 慰もる 心もあらず そこ故に 為むすべ知れや 音のみも 名のみも絶えず 天地の いや遠長く 偲ひ行かむ 御名に懸かせる 明日香川 万代までに はしきやし 我が大君の 形見かここを
0200197
明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどにかあらまし [一云 水の淀にかあらまし]
0200198
明日香川明日だに [一云 さへ] 見むと思へやも [一云 思へかも] 我が大君の御名忘れせぬ [一云 御名忘らえぬ]
0200199
かけまくも ゆゆしきかも [一云 ゆゆしけれども] 言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面の国の 真木立つ 不破山超えて 高麗剣 和射見が原の 仮宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひ [一云 掃ひたまひて] 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御いくさを 召したまひて ちはやぶる 人を和せと 奉ろはぬ 国を治めと [一云 掃へと] 皇子ながら 任したまへば 大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も [一云 笛の音は] 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに [一云 聞き惑ふまで] ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の [一云 冬こもり 春野焼く火の] 風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に [一云 木綿の林] つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの畏く [一云 諸人の 見惑ふまでに] 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ [一云 霰なす そちより来れば] まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消なば消ぬべく 行く鳥の 争ふはしに [一云 朝霜の 消なば消とふに うつせみと 争ふはしに] 渡会の 斎きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひ賜ひて 定めてし 瑞穂の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 申したまへば 万代に しかしもあらむと [一云 かくしもあらむと] 木綿花の 栄ゆる時に 我が大君 皇子の御門を [一云 刺す竹の 皇子の御門を] 神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲の 麻衣着て 埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣じもの い匍ひ伏しつつ ぬばたまの 夕になれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り 侍へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいまして あさもよし 城上の宮を 常宮と 高く奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏かれども
0200200
ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも
0200201
埴安の池の堤の隠り沼のゆくへを知らに舎人は惑ふ
0200202
哭沢の神社に三輪据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ
0200203
降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の塞なさまくに
0200204
やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 ひさかたの 天つ宮に 神ながら 神といませば そこをしも あやに畏み 昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと 伏し居嘆けど 飽き足らぬかも
0200205
大君は神にしませば天雲の五百重が下に隠りたまひぬ
0200206
楽浪の志賀さざれ波しくしくに常にと君が思ほせりける
0200207
天飛ぶや 軽の道は 我妹子が 里にしあれば ねもころに 見まく欲しけど やまず行かば 人目を多み 数多く行かば 人知りぬべみ さね葛 後も逢はむと 大船の 思ひ頼みて 玉かぎる 岩垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れぬるがごと 照る月の 雲隠るごと 沖つ藻の 靡きし妹は 黄葉の 過ぎて去にきと 玉梓の 使の言へば 梓弓 音に聞きて [一云 音のみ聞きて] 言はむすべ 為むすべ知らに 音のみを 聞きてありえねば 我が恋ふる 千重の一重も 慰もる 心もありやと 我妹子が やまず出で見し 軽の市に 我が立ち聞けば 玉たすき 畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず 玉桙の 道行く人も ひとりだに 似てし行かねば すべをなみ 妹が名呼びて 袖ぞ振りつる [一云 名のみを聞きてありえねば]
0200208
秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道知らずも [一云 道知らずして]
0200209
黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ
0200210
うつせみと 思ひし時に [一云 うつそみと 思ひし] 取り持ちて 我がふたり見し 走出の 堤に立てる 槻の木の こちごちの枝の 春の葉の 茂きがごとく 思へりし 妹にはあれど 頼めりし 子らにはあれど 世間を 背きしえねば かぎるひの 燃ゆる荒野に 白栲の 天領巾隠り 鳥じもの 朝立ちいまして 入日なす 隠りにしかば 我妹子が 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与ふ 物しなければ 男じもの 脇ばさみ持ち 我妹子と ふたり我が寝し 枕付く 妻屋のうちに 昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ 大鳥の 羽がひの山に 我が恋ふる 妹はいますと 人の言へば 岩根さくみて なづみ来し よけくもぞなき うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば
0200211
去年見てし秋の月夜は照らせれど相見し妹はいや年離る
0200212
衾道を引手の山に妹を置きて山道を行けば生けりともなし
0200213
うつそみと 思ひし時に たづさはり 我がふたり見し 出立の 百枝槻の木 こちごちに 枝させるごと 春の葉の 茂きがごとく 思へりし 妹にはあれど 頼めりし 妹にはあれど 世間を 背きしえねば かぎるひの 燃ゆる荒野に 白栲の 天領巾隠り 鳥じもの 朝立ちい行きて 入日なす 隠りにしかば 我妹子が 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与ふ 物しなければ 男じもの 脇ばさみ持ち 我妹子と 二人我が寝し 枕付く 妻屋のうちに 昼は うらさび暮らし 夜は 息づき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ 大鳥の 羽がひの山に 汝が恋ふる 妹はいますと 人の言へば 岩根さくみて なづみ来し よけくもぞなき うつそみと 思ひし妹が 灰にてませば
0200214
去年見てし秋の月夜は渡れども相見し妹はいや年離る
0200215
衾道を引手の山に妹を置きて山道思ふに生けるともなし
0200216
家に来て我が屋を見れば玉床の外に向きけり妹が木枕
0200217
秋山の したへる妹 なよ竹の とをよる子らは いかさまに 思ひ居れか 栲縄の 長き命を 露こそば 朝に置きて 夕は 消ゆといへ 霧こそば 夕に立ちて 朝は 失すといへ 梓弓 音聞く我れも おほに見し こと悔しきを 敷栲の 手枕まきて 剣太刀 身に添へ寝けむ 若草の その嬬の子は 寂しみか 思ひて寝らむ 悔しみか 思ひ恋ふらむ 時ならず 過ぎにし子らが 朝露のごと 夕霧のごと
0200218
楽浪の志賀津の子らが [一云 志賀の津の子が] 罷り道の川瀬の道を見れば寂しも
0200219
そら数ふ大津の子が逢ひし日におほに見しかば今ぞ悔しき
0200220
玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き 天地 日月とともに 足り行かむ 神の御面と 継ぎ来る 那珂の港ゆ 船浮けて 我が漕ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば とゐ波立ち 辺見れば 白波騒く 鯨魚取り 海を畏み 行く船の 梶引き折りて をちこちの 島は多けど 名ぐはし 狭岑の島の 荒磯面に 廬りて見れば 波の音の 繁き浜辺を 敷栲の 枕になして 荒床に ころ臥す君が 家知らば 行きても告げむ 妻知らば 来も問はましを 玉桙の 道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ はしき妻らは
0200221
妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや
0200222
沖つ波来寄る荒礒を敷栲の枕とまきて寝せる君かも
0200223
鴨山の岩根しまける我れをかも知らにと妹が待ちつつあるらむ
0200224
今日今日と我が待つ君は石川の峽に [一云 谷に] 交りてありといはずやも
0200225
直の逢ひは逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ
0200226
荒波に寄り来る玉を枕に置き我れここにありと誰れか告げなむ
0200227
天離る鄙の荒野に君を置きて思ひつつあれば生けるともなし
0200228
妹が名は千代に流れむ姫島の小松がうれに蘿生すまでに
0200229
難波潟潮干なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも
0200230
梓弓 手に取り持ちて ますらをの さつ矢手挟み 立ち向ふ 高円山に 春野焼く 野火と見るまで 燃ゆる火を 何かと問へば 玉鉾の 道来る人の 泣く涙 こさめに降れば 白栲の 衣ひづちて 立ち留まり 我れに語らく なにしかも もとなとぶらふ 聞けば 哭のみし泣かゆ 語れば 心ぞ痛き 天皇の 神の御子の いでましの 手火の光りぞ ここだ照りたる
0200231
高円の野辺の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人なしに
0200232
御笠山野辺行く道はこきだくも繁く荒れたるか久にあらなくに
0200233
高円の野辺の秋萩な散りそね君が形見に見つつ偲はむ
0200234
御笠山野辺ゆ行く道こきだくも荒れにけるかも久にあらなくに